- 1 社会保険労務士法人アイレクスのハラスメント研修
- 2 カスタマーハラスメント(カスハラ)対策の義務化
- 3 カスハラ対策義務化を企業のハラスメント対策総点検の機会に
1 社会保険労務士法人アイレクスのハラスメント研修
以前より、社会保険労務士法人アイレクス(以下「弊所」といいます。)では、企業様等よりハラスメント研修のご依頼を多くいただいています。リアル・オンラインの別、全従業員向け・管理職向けといった区別など多種多様なプランを用意していますが、近時は特に、グループディスカッションやワークを導入してほしいといった要望が増えつつあります、また、ご依頼の件数自体も今年に入ってかなり増加しています。
この増加の理由にはさまざまなものがあると思いますが、ハラスメントに関する社会的な関心の高まりや企業の実務担当者のハラスメント対応の頻度の高まりなどが、主な要因として背後にあるのではないかと考えています。
それらの流れをさらに加速させそうなのが、2026年(令和8年)に施行される。ハラスメントに関する2つの大きな法改正です。1つは「カスタマーハラスメント対策の義務化」です。もう1つは「求職者に対するセクシュアルハラスメント対策の義務化」です。どちらも施行日は2026年(令和8年)10月1日です。
2つの法改正ともに非常に重要ですが、今回は、そのうち「カスタマーハラスメント対策の義務化」について、どのような内容で、どのような対策をすれば良いのかについてお伝えします。
2 カスタマーハラスメント対策の義務化(労働施策総合推進法)
カスタマーハラスメント(以下主に「カスハラ」といいます。)という言葉自体は、もはや常識といっても良いくらいに普及していますね。カスハラは一般的には「顧客等による悪質なクレーム」と理解されていると思います。店員さんに現金を投げつけて「金払ったんだから客だろ!」と怒鳴る人の映像がマスコミで伝えられたりしています。カスハラに対応しなければならない店員さんは精神的に大きなダメージを負ってしまう危険性があります。場合によっては退職につながってしまいかねません。
このようなカスハラ問題の深刻さを受けて、労働施策総合推進法が改正され、事業主(企業)に対してカスハラ防止のための措置を講ずることが義務づけられたのです。その措置は大きく分けて、次の5つになります。
(1)事業主の方針等の明確化およびその周知・啓発
(2)相談体制の整備
(3)事後の迅速かつ適切な対応
(4)対応の実効性を確保するために必要なカスハラ抑止のための措置
(5)そのほか併せて講ずべき措置
5つの措置それぞれについて見ていきましょう。
(1)事業主の方針等の明確化およびその周知・啓発
この措置については、次の2つが求められます。
①「カスハラへの毅然した態度での対応と労働者の保護」の明確化および周知・啓発
②カスハラの内容とあらかじめ定めた対処の内容の周知
①は事業主(企業)のカスハラ対策に関する基本方針を策定、②はカスハラ対策マニュアルの策定が求められるということですね。
①の基本方針については、「毅然とした態度で対応し、労働者を保護」する内容が求められているというのが、他のハラスメント対策との違いです。これは、カスハラが主に「BtoC」(企業対消費者間取引)で生じるハラスメントであることによるものです。外部の悪質なクレーム等に対して毅然とした姿勢を示すことが、カスハラ対策の第一歩になります。事業主が「カスタマーハラスメント対策基本方針」を策定し、労働者に周知および啓発していくことが求められます。なお、念のため付言しておきますと、カスハラは「BtoB」(企業対企業間取引)でも生じる可能性があります。取引先から社会通念上許容される限度を超えた要求をされるような場合です。
②はカスハラについて「あらかじめ定めた対処の内容」が必要というところが、他のハラスメント対策との違いです。この対処の内容については、厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を参考にして、自社独自のマニュアルを定めると良いでしょう。さらに、マニュアルの要点については、就業規則にも取り込んでおくべきだと考えます。厚生労働省が対処の内容の例として挙げているものには、「管理監督者にその場の対応の方針について指示を仰ぐ」、「可能な限り労働者を一人で対応させない」、「犯罪に該当し得る言動は警察に報告する」などがありますが、これらはいずれも就業規則に条文として取り入れることで、単なる方針ではなく事業場(職場)のルールとすることが可能になります。カスハラに対しては事業主が労働者を保護する責任がありますが、具体的には現場を取り仕切る管理職が労働者一人ひとりに対して責任をもって保護していくことが求められます。また、労働者一人ひとりも、自力で解決せず、管理職、さらには警察の力を借りて対処する姿勢が求められます。だからこそ、就業規則に明確にそのことを定めておく必要があるのです。
①、②どちらも、労働者への周知が必須です。カスハラ対策に限らず、法律上「周知」が求められているにもかかわらず、実際にはなされていないケースが多く見受けられます。施行日である2026年(令和8年)10月1日には、職場の全員が方針もマニュアルも目を通して理解できるように、今から準備していきましょう。
(2)相談体制の整備
こちらは、次の2つの措置が必要です。
③相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知する。
④相談窓口担当者が、適切に対応できるようにする。
どちらも相談窓口に関する措置ですね。相談窓口については、他のハラスメントに関する相談窓口と一本化することも、カスハラの独自性を踏まえて独立した相談窓口を開設することも考えられます。どちらにせよ、相談窓口担当者が(1)の事業主の方針とカスハラの内容、そして対処法をしっかりと理解しておかないと相談窓口として実際に機能することができません。冒頭で弊所へのハラスメント研修の依頼が増加しているとお伝えしましたが、実はカスハラ相談窓口担当者の育成研修の依頼がかなりの部分を占めているのです。
なお、相談窓口についても③で周知が求められていますのでお気をつけください。「どこに相談して良いかわからない」のではカスハラ対策にならないので、当然といえば当然ですね。
(3)事後の迅速かつ適切な対応
不幸にもカスハラ事案が発生してしまった場合の対応についての項目です。企業側がいかにカスハラ対策を進めても、顧客等の認識まではなかなか変えられません。そのため、カスハラ事案が生じるリスクから目を背けずに、事後対応を「事前に」整備しておく必要があるのです。
⑤事実関係を迅速かつ正確に判断する
⑥被害者に対する配慮のための措置を行う
⑦再発防止に向けた措置を講ずる
⑤は、「正確な情報が正確な判断の前提」という原点をまず踏まえてください。不正確な情報では不正確な判断につながりかねません。正確な「情報」入手のための具体的な対応策としては、顧客等と従業員が接する場所に監視カメラを設置するなどして、顧客等の様子を記録した動画を必要に応じてすぐ確認できると良いでしょう。すでにタクシーなどではドライブレコーダーが悪質なクレーム対応に大きな威力を発揮しているのはご存じのとおりです。設備投資にある程度のお金はかかりますが、設備投資がそのまま人材への投資につながるという点で、人的資本経営(人材の価値を最大限に引き出す経営)の観点からも、今後は必須となっていくと考えます。
さらに、正確な「判断」のためには、ここでも事前の研修が欠かせません。先ほどは相談窓口担当者向けの研修についてご説明しましたが、相談窓口担当者以上に重要と言っても過言ではないのが、顧客等対応の第一線で活躍する現場担当者向けの研修です。カスハラか否か、カスハラだとしてどう対応するかの判断について、事前に研修でシミュレーションを経験しておくことで、正確な判断がしやすくなります。さらには判断のスピードも向上しますので⑤にある「迅速な」という要件も満たします。弊所ではロールプレイも導入した研修を現場担当者向けに丁寧に行っています。
⑥は被害者への配慮です。カスハラ被害は従業員の心身両面に生じる可能性があります。場合によっては労災(業務災害)ともなり得ます。企業のカスハラ対策は、被害者へのケアも視野に入れて行われる必要があるのです。この点については、(1)の事業主の方針等の明確化の段階から意識して行う必要があります。時として心のダメージは時間が経過してから顕在化してくる場合もあります。弊所では事業主の方針策定の段階から、メンタルヘルスケアの観点を強く意識するようにアドバイスしています。
⑦は再発防止策の構築ですが、カスハラ事案の発生の有無を問わず、企業のカスハラ対策については不断に見直すべきものです。その点から、⑥と同様に(1)の段階から企業内に事業主をリーダーとするカスハラ対策委員会を常置しておくことで、万が一、カスハラ事案が発生した場合でも、機動的かつ効果的に再発防止策を講じることができます。この対策委員会には、できれば弁護士や社会保険労務士という専門家をメンバーに入れていただき、その知見を十分に取り入れていただきたいところです。
(4)対応の実効性を確保するために必要なカスハラの抑止のための措置
⑧特に悪質と考えられるカスハラへの対処の方針をあらかじめ定め、労働者に周知し、当該対処を行うことができる体制を整備する。
(4)は、⑧が内容です。これも、(1)の①、②と同様、他のハラスメントとは違う、カスハラ独自の措置です。「特に悪質と考えられるカスハラへの対処の方針」を定め、周知し、体制を整備するということですが、技術的なことをいえば、(1)の①、②の段階で、⑧も含めて検討して取り込んでしまうのが合理的といえるでしょう。
問題は、何をもって「特に悪質」と捉えるかですが、現時点でも省庁や業界団体などからカスタマーハラスメントに関するガイドラインや事例集などがかなり公表されています。2026年(令和8年)2月27日には、農林水産省がカスタマーハラスメント対策ガイドラインを策定しました。「え?農林水産省が!」と驚かれた方もいらっしゃったのですが、これは「飲食店向け」のガイドラインで、農林水産省と縁が深い業界です。このガイドラインは「親しみやすく、わかりやすい」の典型例のような内容で、飲食店関係者のみならず、多くの企業の方に目を通していただきたい内容です。一読されると「特に悪質」のイメージも湧いてくると思います。
それでも、「特に悪質」の境界線をどこで引くか迷ったら、ぜひ弊所までご相談ください。弊所はこれまで、カスタマーハラスメント対策研修の実施やカスタマーハラスメント対策規定の作成などで、多くの経験を積み重ねておりますので、多くの企業の皆様にとって、必ずや良き相談相手、議論相手になれるものと自負しております。
⑧も周知が求められています。
(5)対応の実効性を確保するために必要なカスハラの抑止のための措置
⑨相談者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、労働者に周知する。
⑩相談したこと等を理由として不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発する。
⑨、⑩は他のハラスメント対策でも必須とされているものですので、その経験や体制、規程を応用すれば良いでしょう。ただし、悪質なクレーム対応で疲弊した店員を一時的、あるいは永続的に異動させるような場合に関する知見は蓄積されているとは言い難いので、それらについての知見が各方面で得られると、カスハラ独自の措置というものも見えてくるとは思います。
3 カスハラ対策義務化を企業のハラスメント対策総点検の機会に
以上、お伝えしましたように、2026年(令和8年)10月からのカスハラ対策義務化については、かなりの準備と訓練を要することがお分かりいただけたと思います。
これらのカスハラ対策については、従業員(労働者)の安全衛生に関わる事項でもあり、また、全従業員(労働者)に関わる事項でもあるため、就業規則の相対的必要記載事項(労働基準法第89条)となります。つまり、カスハラ対策のためには、就業規則の整備も必須となります。
弊所は、ハラスメント研修はもちろんのこと、カスタマーハラスメント対策規定を含む就業規則の作成も得意としております。ぜひ、カスハラ対策義務化を企業のハラスメント対策総点検の機会として、積極的かつ前向きに捉えて、ご相談いただきたいと願っております。